スズノブ

産地には序列がある
「美味いお米」の消費者イメージでもいいましたが、消費者の気持ちの中には、お米の品質や食味に係らず、産地イメージが出来上がっていてしまっています。
例えとしては良くないかもしれませんが、その年の作柄が、どんなに悪かったとしても、なぜか常に「魚沼」がトップとなってしまっている感じがあります。
そして、出来不出来に関係なく、すべての産地は「魚沼」の下になっていると思えます。
出来が悪いのに、そのお米が「日本を代表する美味しいお米」として消費地に出回ってしまうと、消費者は、その出来の悪いお米の味が一番と考えているわけですから、そのお米が「美味しくない」と感じたら、その他のお米は、食べないまま「もっと美味しくない」という評価となってしまうのは当たり前の事でしょう。

もう一つ極端な話、北海道でまだ誰も知らない品種があり、それが“魚沼産コシヒカリ”を遥かに越えて美味しいお米だったとしても、“魚沼産コシヒカリ”より上の価格になるのかというと、残念ながら現状では絶対にありえず、せいぜい関東産コシヒカリと同程度かやや下の価格にしかならないでしょう。
なぜならば、消費者の頭の中に「北海道にそんなに美味しいお米があるはずがない」というイメージが出来てしまっているため、、気持ちとしては「美味しいかも」と感じていても、イメージを変える事が出来ないため、正しい評価になっていないのです。

山形米・秋田米についても、土曜日・日曜日の、スーパー・量販店での「特売のお米」としてイメージが出来上がってしまっているため、消費者の頭の中には「1000円台の米」、「特売の産地」、「特売のお米ばかり売っているから、いいお米があるはずがない」というイメージになってしまっています。

そして、このイメージは、産地との取引価格にも当てはまってしまっていることが多く、特別なお米以外は、このイメージを考慮して、取引価格が決まっている感じがあります。
したがって産地は、産地のイメージ、そして消費地でのイメージを変えていかないと、これからの時代、生き残っていく事は出来ないと思います。

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